とんだばやし歴史漫歩
正月の準備
 亥の子が済むと、正月の準備にとりかかります。電気やガスが各家にあるわけではないので、煮たきする薪をとりに山に入ります。12月になると木枯らしが吹いて、松の葉を落とすので、これを拾いに行くのです。小学校の2、3年生にもなれば「ちょっとシバしに行って来い」と親に言われます。「勉強なんてしてたら親に叱られますわ。手伝えゆうてな」『山へシバとりに』も地域が変わると、川に行くことに。たとえば、喜志の桜井では『シバしに行く』は河原の枯れ木などを拾いに行くことです。
 主婦の仕事の中でも『おむし』(味噌)づくりは大切です。11月末か12月の初めに、大安の日を選んで仕込み始めます。酉の日に仕込むと「葬式味噌になる」といってきらいます。地域によっては、12月20日に『ハツカミソ』といって、お大師さんに味噌をお供えします。
 『おむし』の使いはじめは、元旦の雑煮。今のようにダシをとることはあまりしないので、味噌そのものの出来、不出来がとても大切でした。『おむし』はその年、ずうっと家族が食するのです。「お姑さんが亡くなられて、私ひとりでおむしを作らんならんかった最初の年は、心細くて出来具合が気になりましたなあ」−そういう時代だから、姑から嫁へと伝えるものも大きく、多かったのでしょう。
   嫁の実家や本家へ『セイボ』を持参したり、『モチツキ』やら、大晦日の『セッキ取り』やら、オセチの準備、若水の用意などなど休む暇のない忙しさで年は暮れていきます。
(平成3年12月号)