埋蔵文化財発掘レポート
喜志南遺跡の調査
 喜志南遺跡は、富田林市の北部、石川河川敷喜志グラウンドの西側に広がる弥生時代から中世(鎌倉時代〜室町時代)にかけての遺跡です。この北側には弥生時代中期(約2000年前)の石を割って作った刃物(打製石器)が大量に見つかった喜志遺跡があります。
喜志南遺跡では、以前から縄文時代から弥生時代にかけての石器が採集されていましたが、これまで調査が行われておらず、詳しいことが分かっていませんでした。
 今回は喜志南遺跡の南端に近い地点で、初めての本格的な発掘調査を行いました。
 その結果、溝と建物跡が見つかりました。溝は幅5m以上、深さ0.2mある南北方向の広く浅いものです。この溝には水が流れた様子がなく、何のためのものかはよく分かっていません。
 建物跡は、正確な規模を知ることができるものはありませんでしたが、柱を据えた穴が並んだ状態を数ヶ所で見つけることができました。これらは地面に掘った穴に柱を立てて、その穴を埋めることで固定する方法が用いられていたようです。この方法では、屋根に瓦のような重たいものをのせると建物が倒れてしまうので、板などを使って屋根を葺いていました。このような穴は、調査範囲のほぼ全域で見つかっていますので他にもいくつかの建物があった可能性があります。また、掘った穴の中に石を何個か敷き、その上に柱を据えるようにしものも、1つだけですが見つかっています。
 出土した土器は、主に奈良時代(約1300年前)から中世にかけてのもので、そのころに建物などが造られ、人々が生活していたと考えられます。
 今回の調査では、以前に採集された石器から、縄文時代のおわり頃から弥生時代にかけての遺構が見つかることが予想されましたが、今まで知られていなかった奈良時代以降の様子を知る貴重な手がかりを私たちに与えてくれました。喜志南遺跡の南側では、奈良時代から人々が暮らしていたのです。
(平成10年3月号)