埋蔵文化財発掘レポート
甘南備遺跡の調査
 甘南備遺跡は、市内の南東部に位置し、石川の支流である佐備川の東岸、中位段丘上(川の沿岸にできた階段状の地形)にある遺跡で、近くには南河内清掃組合のごみ焼却場の進入路の北側、現在は段々状の水田が広がっているところを歩道設置に伴って発掘調査を行いました。
 調査の結果、水田を作るときに整地した層の中に縄文時代から中世の土器などが混じっていました。また、東側の高い所では、柱を埋めて固定した構造をもつ掘立柱建物跡や、瓦や羽釜(煮炊用具)の破片や人頭大の石が埋まった落ち込み、鎌倉時代から南北朝時代に使用された瓦器(瓦質土器)の椀が埋まった小さな穴や溝が多数検出されました。
 調査地の南側には明治42年まで咸古佐備神社があった関係で、周辺には「宮ノ下」、「宮の元」という字名もみられ、さらに調査地には「堂ノ前」という寺院の存在を裏付ける字名もあり、出土した瓦などからも一致する展で注目されます。なお、この神社は現在嶽山中腹にある咸古神社に合祀(神社を一つの神社に祭ること)されています。
 いずれにしても、佐備川流域には、縄文時代から集落があり、現在も龍泉寺や咸古神社が周辺にあるように、奈良時代から鎌倉時代にかけて寺社を中心に栄えていたと思われます。その後、南北朝時代の舞台となり、戦乱に巻き込まれて衰退した後、のどかな田園風景になったのだと推測されます。
 今回の調査は、遺跡のほんの一部を知る手がかりになったにすぎませんが、今後の調査で、古代の佐備川上流域ではどのような寺院や集落があったか想像できる遺構が検出されることを期待したいものです。
(平成9年5月号)