埋蔵文化財発掘レポート
太郎池遺跡の調査
 太郎池遺跡は国道170号(大阪外環状線)と旧国道170号に挟まれた大阪府立河南高等学校の南に広がっています。1986年に住宅建設に伴う大阪府教育委員会の小規模な事前調査で自然流路(自然によってできた川)が確認されたことから、遺跡の存在が明らかになりました。
 その後、大阪府教育委員会が調査した南側約100メートルの地点を富田林市教育委員会が本格的に発掘調査したところ、大きく蛇行する自然の川が確認されました。
 そして、今回は、前回調査したすぐ北側を発掘調査することになりました。調査の結果、自然の川の延長部分が確認できました。川幅は相当広く、大きく蛇行しながら北西から南東に向けて流れていることが分かりました。また、川底の砂に縄文土器が含まれていたことから、縄文時代には水が流れており上流から流されてきたと思われます。
 川岸付近に約2〜5センチの円形及び楕円形の穴が多数確認できました。当初、その性格はよく分かりませんでしたが、専門家に見てもらったところ、哺乳動物の足跡であることが判明しました。穴の大きさから、きっと鹿が群れをなして水を求めてやってきたのでしょう。その時に、柔らかい地面に足がめり込み、足跡の穴に土砂が埋まって現在に至ったと思われます。
 川は、その後、周辺一帯を水田にするために埋まってしまったことが、土層堆積から分かりました。
 一連の発掘調査で、遺跡一帯は自然の地形に沿って、西の羽曳野丘陵から東の石川に向かって蛇行しながら流れる川の中に位置し、古くから流れを保っていたと考えられます。また、遺跡周辺の字名が「太郎池」と呼ばれ、外環状線のすぐ西側にある池と同名であることから、池が造られたころに周辺が水田化されたことを想像させます。
(平成8年9月号)