埋蔵文化財発掘レポート
伝承された古墳
 私たちのまわりには様々な言い伝えがあり、その中に秘められた歴史を感じることがあります。
 今回発掘調査をしている山中田町の丘陵地には、古墳があったと地元で伝わっていました。発掘調査では、伝承どおり丘陵から西に延びる尾根上の突端に古墳が1基、すそで3基見つかりました。
 丘陵上の古墳は、周溝(古墳のまわり巡らされていた堀の跡)と主体部(遺体の収まっている所)が発見されました。主体部は木棺直葬(土坑に直接、木棺を安置する)とよばれる形で、ここからは5世紀初頭と思われる、鉄製の剣や斧などの副葬品が数点見つかりました。それらは、埋葬者が生前、愛用していたものと考えられ、同時に武力と生産物を支配していたあかしと思われます。古墳は周溝の形から円墳だったことがわかりました。
 一方、丘陵のすそにあった3基の古墳は周溝の一部を確認するのみでした。しかし、周溝から埴輪片が多数出土し、古墳の周りに埴輪が飾られていたことがわかりました。さらに、5世紀の終わりごろの須恵器(ねずみ色の硬質土器)も出土し、主体部に副葬されていた遺物と思われます。古墳は周溝の形から方形だったことが確認されました。
 これらの古墳の大きさは、一辺が約10メートル前後の小規模なものですが、発見された場所が互いに隣接し、山中田町の集落を見渡せることから、周辺一帯を治めていた豪族の墓域と思われます。
 今回見つかった古墳には、築造された年代に違いが見られます。丘陵上の古墳の方が古く、すそ部の古墳群の方が、その後に造られています。このことは、長い間にわたって、この地が有力者の墓生きであったことになり、地元の伝承が現実となることは珍しく、発掘された古墳の重要性が感じられます。今後の発掘調査で、新たな事実が浮かび上がることを期待したいと思います。
(平成8年2月号)