埋蔵文化財発掘レポート
地震と考古学
 1月17日の早朝、大地を揺るがす大地震が発生し、神戸や淡路島では震度7の今までに経験したこともない地震に見舞われました。
 日本列島を形造る岩盤には、多くの傷(活断層)があって、プレートがもぐり込むことによってこの周囲に少しずつひずみが蓄えられ、ある段階に達すると、断層の両側が食い違うように揺り動き、この時に激しい揺れが生じる、これが地震のメカニズムと言われています。
 大地震は、活断層などのひずみが限界に達したときに起きることから、その発生に一定の周期があると考えられています。こうしたことから、過去の地震の記録をよく知っておくことが、地震予知の手がかりになります。
 過去の地震を知る方法には、地質学的に検証することや地震の記録を集めることのほかに、遺跡の発掘調査で地震の痕跡が見つかることがあります。人間の生活の及んだあらゆる場所で行われる発掘調査は、いろいろな地形や地質の条件に対応した、さまざまな地震の痕跡を提供することになり、もしも地震が発生したら、どこで  どんな被害が起きるかを考える目安となります。また、遺構や遺物との前後関係から、地震の時期がよりくわしくわかるのです。
 地震の痕跡には、活断層、地割れ、地滑り、古墳の変形、液状化跡などがあります。今回の地震では、神戸市周辺の湾岸地域で大規模な液状化現象が見られ、噴砂が一面に広がりました。人が立っていられないほどの激しい振動が加わると、地下水に満たされた、ゆるくてすき間だらけの砂層の砂粒がお互いにすき間を狭くし、硬くしまる。水は圧迫され水圧は急上昇し、逃げ場を求めて地層の弱い上層を引き裂き、砂とともに地面に噴き出す。これが遺跡の中で最も見つけやすい地震のつめ痕です。
 近畿地方では、広範囲にわたって南海地震が大きな被害を与えました。最も新しいのが、昭和21年(1946年)12月21日の昭和南海地震。そして、最も古いのが『日本書紀』に記されている684年の白鳳南海地震です。
 昭和11年(1936年)2月には、柏原、藤井寺、富田林に被害がでたと新聞が報じています。皆さんの記憶に残っているでしょうか。遺跡の発掘は、大地に刻まれた私たちの祖先の歴史を明らかにすると同時に地震の痕跡の歴史も解き明かしてくれるのです。
(平成7年4月号)