埋蔵文化財発掘レポート
縄文時代の食生活
 最近マスコミをにぎわしている考古学記事に縄文時代の遺跡があります。特に青森県で発見された三内丸山遺跡は、従来まで考えられていた縄文時代の様相を変える一大発見としてクローズアップされています。富田林でも数は多くありませんが、縄文時代遺物が出土しています。例えば市内南部の錦織からは縄文土器、近鉄川西駅の北側周辺と近鉄富田林駅の北側周辺からは有舌尖頭器(やりなどの先につける)などの石器が出土しています。
 縄文時代の自然環境は氷河期が去った後で、気候が温暖になり、それによって海面が上昇していきました。これを縄文海進と呼んでいます。これによって遠浅の海を形成していきました。陸では針葉樹林の林に変わりクリ、ナラなどの実りの多い落葉樹林の林に変わっていきました。このことは日本列島に豊かな自然の恵みを与えるきっかけになりました。
 しかし私たちがイメージする縄文時代はあまり豊かでない食生活を連想しがちですが、実際は三内丸山遺跡などの発掘によってそのイメージがずいぶん変わりつつあります。
 例えば縄文海進によって魚介類の種類が増えサケ、マス、スズキ、マダイ、アサリ、ハマグリ、カキなどの私たちになじみ深いものも食べていたようです。一方、陸ではドングリ、トチ、クルミなどの木の実があり、さらに狩猟で得た動物の肉を食べていたと思われます。このことから縄文人の栄養状態は、ほどよくバランスがとれていたと考えられます。
 ところで、当時の富田林の自然環境は現代より石川が幅広く流れ、金剛山、葛城山が深い自然林で覆われていたことを除けば、今とあまり変わっていなかったようです。おそらくこの辺りに住んでいた縄文人は石川から魚介類を、山からたくさんの木の実を取り豊かでグルメな食生活を送っていたと考えられ、ひょっとすると今の私たちより新鮮でおいしい物を食べていたのかも知れません。
(平成7年1月号)