埋蔵文化財発掘レポート
甲田南遺跡出土の鉄斧
 発掘調査で出土した遺物は、出土状況の綿密な記録をとった後、発掘現場から持ち帰り、室内で詳しい分析作業を行います。
 昨年12月号でお知らせした甲田南遺跡出土の鉄斧も、発掘調査後、詳しい分析をした結果、様々な事が分かってきました。
 発掘現場から持ち帰ったばかりの鉄斧は土とサビで覆われ、本来の姿とはほど遠い姿をしています。そのため、遺物本来の姿に戻すためクリーニングを行います。鉄という素材のため水を使えないので、まず、無水アルコール、ハケ、針などの先端の尖ったもので土を落としていきます。次に厚く覆われたサビを落とす前に、X線撮影を行い、サビでふくれる前の形や大きさを調べます。次にその結果を参考にして、エアーブラシという装置を使い、研磨剤を鉄斧に吹き付けてサビを飛ばし、また、時々、グラインダーを併用しながら、徐々にサビを落としていきます。このような根気のいる作業を終えてやっと考古資料としてよみがえります。
 これらの手順を踏んで本来の姿を現した甲田南遺跡出土の鉄斧は板のような形をしていて、長さ11.5センチ、頭部幅4.1センチ、刃部幅4.6センチ、厚さ4.5センチの片刃の製材用の斧で、刃部の片側が大きく使用によって減っていることが分かりました。今回は化学的な分析は行っていませんが、かなり良質な鉄を使って作られた斧であることが推測できます。
 日本で、鉄の道具が初めて使われたのは縄文時代の終わり頃です。初めのうちは中国や朝鮮半島からの輸入品でまかなわれていました。国内生産がいつから始まったのかは、まだ結論がでていませんが、朝鮮半島で出土しない形の鉄器が出現したときが、国内生産の開始にあたるという説があります。鉄斧には木の柄との装着部分が袋状になったものと板状になったものがあります。前者が弥生時代の初めから使われていますが、後者は日本独自の形で、袋状鉄斧よりも遅れて使われるようになります。この板状の鉄斧は近畿地方ではさらに約200年後に使われるようになりますが、甲田南遺跡の斧は近畿ではごく早い時期の製品にあたります。そしてこの後、国内全域で鉄器が普及しています。
 甲田南遺跡の発掘調査についての報告書は、間もなく図書館に配置される予定です。なお、遺物は市立埋蔵文化財センターに保存されています。
(平成6年8月号)