埋蔵文化財発掘レポート
弥生時代のおみやげ
 年末の帰省、そして正月明けのUターンと、今年もまた、たくさんの人がおみやげを手に、日本中を西へ東へと移動しています。交通手段が発達した時代では何でもないことですが、太古の昔は少し離れた所へ行くのにも、多くの時間と労力が必要だったに違いありません。ましてや、大きな土器などを運ぶのはたいへん難儀なことだったはずです。
 しかし、そんな大昔にも、案外遠くまで土器が運ばれていたことが分かってきています。富田林でも、弥生時代に数百キロも離れた所から持ち込まれた土器が発見されました。
 彼方遺跡は、石川の東側、楠風台付近に広がる集落跡。人々が生活していたのは紀元二世紀の終わりごろで、ちょうど邪馬台国の時代にあたります。数年前、この遺跡を発掘したときに見つかった約30軒の住居跡の中の一つから、このころの近畿地方では見られない壷が一つ発見されました。口の直径19.1センチ、全体に明るい茶色で文様はありません。特徴的なのは、口の部分が横へ水平に張り出し、その緑が大きく下に折り曲げられていることです。これは静岡県内の同時代の遺跡でよく出土する壷なのです。
 この種の壷は、静岡県から離れた場所では奈良県の纒向(まきむく)遺跡で出土していますが、その他の近畿地方では極めてめずらしい例です。今回の壷は、一つしか出土していないことや、その製作時期から考えて、富田林で作られたのではなく、静岡から直接に、あるいはどこかを経由して彼方遺跡の集落へ持ってこられたと見て間違いありません。
 車も汽車もなく道も整っていなかった時代に、静岡から西へ西へと旅して富田林へもたらされた一つの壷。おそらくは、大事な物を中に入れて運んできたのでしょう。だれかへのお年玉だったのかも知れませんね。
(平成6年1月号)