埋蔵文化財発掘レポート
甲田南遺跡の発掘調査から
 市営甲田住宅の建て替えに先駆け、3月から5月に甲田南遺跡の発掘調査を行いました。
 この遺跡は、近鉄川西駅の南東に広がっています。昭和50年に下水工事の際に発見され、57年から61年に大阪府教育委員会によって、国道309号線の築造工事に伴い本格的な発掘調査が行われました。その結果、縄文時代から鎌倉時代にかけての遺跡であることがわかりました。その後、富田林市教育委員会の調査によって、旧国道170号線から石川までの間に環濠(かんごう=集落の周りに堀のようにめぐらせた溝)をもつ弥生時代中ごろの集落とお墓があったことがわかりました。古墳時代の終わりごろから奈良時代には旧国道170号線付近の遺跡の西側に集落が移動し、鎌倉時代になると更に西側に集落が移動したと思われます。
 今回の調査では、古墳時代から鎌倉時代にかけての溝や掘立柱建物(ほったてばしらたてもの=地面に穴を掘って直接柱を建てた建物)など見つかっています。調査区の東には幅約5メートルの半円形に巡る溝の一部が見つかり、その中から円筒埴輪(えんとうはにわ=古墳の上に並べた土管状の素焼きの焼物)が出土しています。調査区の東側に昭和初期に壊された古墳時代中ごろ(約1400年前)の川西古墳があることから、出土した円筒埴輪は、この川西古墳に関係するものと考えられ、この溝が古墳の周濠(しゅうごう=古墳の周りに巡らされた堀)であったと考えられます。
 また、調査区周辺は、古墳時代から鎌倉時代にかけて集落が広がり、集落が廃絶した鎌倉時代以降水田化されたと言えます。
(平成4年7月号)