埋蔵文化財発掘レポート
寺内町以前
 寺内町遺跡はその名の通り、富田林寺内町を中心とした遺跡で、近鉄長野線富田林駅の南側に位置しています。
  富田林寺内町は中世の終わりごろ(16世紀半ば)に当時、富田の荒芝地であったこの場所を興正寺の証秀上人が高屋城主、安見美作守直政から買い取り、周辺四か村の代表に建設させたのがはじまりとされています。しかし、寺内町遺跡の発掘調査によって、このあたりには奈良時代に集落があったことがわかってきました。
 発掘調査は、地層を手がかりにして、現在の地盤から昔の地盤まで一層ずつ地層を掘り下げていきます。この時に出てきた遺物で地層の年代がわかります。
 寺内町遺跡は、中世末から近世にかけての遺跡なので陶器や磁器などの遺物が出てきます。昨年11年の調査では地盤の浅いところからは、江戸時代の遺物が見つかっています。しかし、そこから掘り進んだところから、奈良時代の土器が発見されました。平成2年に行われた寺内町センター建設に伴う調査でも奈良時代の遺構(地面に残された人々の生活のあと)や遺物が見つかっていますが、本格的に奈良時代の遺構が発見されたのは初めてです。 また、地層の様子から寺内町の建設には大規模な造成工事が行われていることもわかりました。
 さらに、寺内町遺跡の北側にある畑ヶ田遺跡が、奈良時代の遺跡であることを考えると、寺内町成立以前の集落の存在がより一層はっきりすることでしょう。
(平成4年1月号)