埋蔵文化財発掘レポート
近世寺内町の建物跡
今年7月に(仮称)寺内町町並センター建設に伴う富田林寺内町遺跡の発掘調査を行いました。
 富田林寺内町は、中世の終わりごろ(十六世紀半ば)に証秀上人によって開かれた一向宗興正寺別院を中心とする宗教自治都市として知られています。 寺内町が形成されて後、河内の地も戦国の世となりますが、富田林寺内町は、全くの無防備で平和政策をとったため、信長・秀吉の戦禍を免れ、家康の時代へと移って行きました。 しかし、戦乱の時代が過ぎると一向宗による強い結び付きをもっていた寺内町には、職人・商人などが各地から集まり、一向宗以外の宗派の人々も住むようになり、 寺内町としての自治権は急速に失われ、周辺農村と経済関係を密接にもつ在郷町として発展することになりました。
 今回の調査区は、旧杉山家住宅の南にあたり、寺内町の町割が1753年から1778年の間に一町一筋加えられた新しい区画に位置しています。 調査前は、倉庫が建っていましたが、倉庫の床面をはぐと、それ以前に建っていた建物の跡が見つかりました。 この建物は、旧杉山家住宅と同じ角(つのや)をもっていたことがわかりました。さらにその下層からは、カマヤ(現在の台所)にあたると思われる円形のカマなどが見つかりました。 さらに下層からは、奈良時代から平安時代にかけての遺構も見つかりました。
 今回の調査では、寺内町が在郷町として栄えたころの建物跡の変遷と寺内町が建設される以前の生活の様子を知る手がかりとなる遺構が見つかりました。
(平成2年9月号)