埋蔵文化財発掘レポート
発見された遺跡
 遺跡とは、過去の人類が残した痕跡のなかで、大地に刻まれたものを示します。たとえば、住居跡・古墳・窯跡などです。これらはまた、遺構ともいい、現存するものと現存しないものとがあります。
 遺跡を知る手がかりには、二つの方法があります。一つは、寺院や古墳のように現状をとどめていてその存在がわかる場合。もう一つは、遺物(人間の意志が直接はたらいて製作されたもの)の散布によって知る方法があります。田畑の表面に多くの土器の破片や石器などが散布していることがあります。耕作によって地中に埋もれていた遺物が地表に現れたことによって、その土地の下に遺構が存在することが充分予想されるわけです。
 しかし、現状で存在することが確認できない場合、あるいは遺物の散布が認められない場合であっても、地下に遺構が眠っていることがあります。こうした遺構が、開発工事に先立つ埋蔵文化財の試掘調査などで発見されることが最近多くなってきています。
 今年の4月、近鉄富田林駅北側の若松町西一丁目で、新たに遺跡が発見されました。この場所の北側では、遺跡が確認されているので、この発見で中野遺跡が南に広がることがわかりました。
 検出された遺構には、溝・掘立柱建物・土拡・ピットなどがあります。掘立柱建物とは、地面に直接穴を掘り、そこに建物の柱を埋め、穴に粘土などをつめた構造の建物をいいます。
 出土した遺物から、奈良時代から平安時代にかけて建物群が建っていたことがわかりました。この時期の建物跡は、北方の近鉄から旧170号線付近でも確認されていて、当時、地方行政をつかさどっていた郡衙(ぐんが=役所の建物や官吏の住む館など)があったことがうかがえます。
 このように、市内にはまだまだ地下に眠る遺跡があることが予想され、いつの日にかその存在が明らかになることでしょう。
(昭和63年9月号)