埋蔵文化財発掘レポート
毛人谷遺跡の調査から
 遺跡は一般的に散布地(さんぷち)と呼ばれ、土器や石器などが散らばっているところをさします。遺跡には、土の中に建物跡や溝などの遺構が埋もれていたり、遺物の混じった層がたい積したりしてます。これらが地表に顔を出していればよいのですが、埋もれたままになっていることもあります。しかし、周知の遺跡外でも道路工事などの土木工事に伴う試掘調査などで、偶然に発見されることがあります。
 毛人谷(えびたに)遺跡は昭和60年、分譲住宅の建設に先立って行われた試掘調査によって発見されました。この遺跡は府民センターの西方、寿町一帯に広がる遺跡で、遺跡内での発掘調査は、今回が3回目になります。
 今までの2回の調査では、溝や土壙(大きな穴)・ピット(小さな穴)などの遺構とサヌカイト片、古墳時代や奈良時代の須恵器や土師器などがみつかっています。
今回の調査では、掘立柱建物3棟と塀跡、溝3条、ピット、土壙がみつかりました。掘立柱建物は、3棟とも北西から南東方向に並んでいますが、うち1棟は建て替えられたようです。建物の大きさは一部分しかみつかっていないので復元できません。
 溝は、東西方向に平行して走っています。この溝は先に述べた建物より古く、出土した須恵器から6世紀後半には埋まったと考えられます。
 今回の調査は、毛人谷遺跡で初めて建物跡がみつかった貴重な調査です。昨年調査した毛人谷城址遺跡の南斜面で確認された5基の古墳は今回みつかった毛人谷遺跡の建物とほぼ同じころのものと思われます。
 毛人谷遺跡で生活していた人たちは、この集落から見上げられる毛人谷城址遺跡に眠っているのでしょうか。
(昭和63年4月号)