埋蔵文化財発掘レポート
象のいた丘陵
 羽曳野丘陵にゾウがいた!
 といっても、今から約110万年前の氷河時代のことです。
 6年前、新堂(市民総合体育館の南西向い)でゾウのキバの化石が一対発見されました。
 このキバは出土した地層や大きさからシガゾウのものとみられています。シガゾウはナウマンゾウより少し古い時期に生息していたと考えられています。
 キバは有機質が多く腐りやすいのですが、一対でしかも原形をとどめたまま見つかったのは大変珍しいことです。
 シガゾウは滋賀県で最初に化石が発見されたので、この名前がつけられました。
 全国でも出土例は少なく、滋賀県のほか、大阪、長崎、熊本など十数例しかありません。
 人間がこのあてりに住みはじめたのは、ずっと後の旧石器時代(約1万5000年前)になってからのことです。しかし、人が住んでいたのは丘陵部ではなく、石川の周辺です。
 ゾウのいた丘陵は、古墳時代には墓地として、中世には毛人谷(えびたに)で山城として利用された以外、長い間緑におおわれた小高い丘だったのです。
 この羽曳野丘陵の東斜面には昔の人のお墓である古墳がたくさん見つかっています。古墳には、前期(4世紀頃)と後期(6・7世紀ごろ)のがあり、平地を見おろし丘陵の先端に造られています。
 現在、発掘調査が進められている小金平(こがねひら)は、3年前に調査された宮林古墳をはじめ、葉面山(はつらやま)古墳・クロイケ古墳・樟木谷(くすのきだに)古墳などを含め小金平古墳群と呼ばれています。
 今回、新たに一基、古墳が発見されました。南側の斜面に面し、大きさは周濠(しゅうごう)を含むと約10メートルにもなります。溝や土壙(どこう・大きめの穴)、ピット(小さめの穴)などもたくさん見つかっています。このように、今まで確認されていなかった古墳が、調査によって発見されることがあります。
 羽曳野丘陵の東斜面でも、まだまだ古墳が発見されるかもしれません。
(昭和62年9月号)