埋蔵文化財発掘レポート
穴のあけられた土器
 狩や木の実の採集が中心の生活から稲作が中心の生活に変わってきた時代が、約2000年前の弥生時代です。
 この時代は、発掘調査で出土する土器の形や文様によって大きく前期、中期、後期の3つに分けられます。
 市内では、前期の遺跡はまだ確認されていませんが、中期・後期の遺跡である喜志・中野・甲田南・細井・滝谷・彼方遺跡などから竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)跡や溝、石器、土器が見つかっています。
 今年の1月から2月初めにかけて喜志西遺跡(喜志町3丁目から旭ケ丘一帯)の調査を行いました。この調査では、溝の中からほぼ完全な形の弥生土器が、横にころがったり、立ったりの状態で出土しました。出土した土器は、高さ約10センチの小さなものと、約30〜40センチの大きなものの2種類に分けられます。
 小さなものは、壺が2個、鉢が1個出土していますが、すべての底の周辺に穴があけれています。大きいものは壺や蓋(ふた)、取っ手のついた水差しなどが9個以上出土しました。大きなものは日常容器として使われているものですが、壺の一つには穴のあけられたものがありました。小さなものは、実用的なものではなく、特別な意味をもつものと考えられます。
 土器の底に穴があけられているものやミニチュアの土器がまとまって出土するのは、お墓に供献(そなえること)された例が多くみられます。
 今回の調査では、お墓の存在は確認できませんでしたが、同じような例であると考えられます。
 今後の周辺の調査で、喜志西遺跡の様子が徐々に解明されていくでしょう。
(昭和62年3月号)