埋蔵文化財発掘レポート
宮町今池遺跡の発見
 昨年の11月、これまで知られていなかった遺跡が新たに発見されました。宮町で開発が計画されたのを受けて、遺跡があるかどうかを調べるために試掘調査を実施したところ、土器がたくさん出てきたのです。遺跡は土地に残る「今池」という小字名をとって、「宮町今池遺跡」と名付けられました。
 今年の1月から本格的な発掘調査を実施すると、大きな穴が50個以上も密集して見つかりました。穴は一辺が3bほどの大きさで四角い形をしており、現在の畑の区画に沿って規則正しく並んでいました。
 最初は何のために掘られた穴なのか分かりませんでしたが、答えは地元の皆さんの証言にありました。宮町や喜志町にはかつて瓦の工場があり、今から50年ほど前まで、瓦作りに必要な粘土を採っていたというのです。そこで、市外の遺跡で見つかっている例を調べてみると、穴の形や並び方がよく似ていることが分かり、これらが粘土を採掘した跡であることが分かりました。
 穴の中には、古い伊万里焼の茶わんのかけらが入っていたことから、ほとんどは18世紀の江戸時代に掘られたものと考えられます。証言とは時間差がありますが、言い換えれば、粘土の採掘が江戸時代までさかのぼるということになります。
 興味深いのは、粘土を求めてむやみに掘るのではなく、一定の決まりに従って掘っていたことです。穴の大きさは1人当たりの作業量かもしれませんし、粘土の量をはかって掘っていたのかもしれません。また、元の状態に戻すために、別の場所から土を運ぶ必要もあったでしょう。このような作業は、簡単にできるものではありません。近世には土が商品として取り引きされていたともいわれており、粘土採掘を仕事とする集団がいた可能性も考えられます。
 また、今回の調査で、弥生時代の墓や、古墳時代の溝も見つかりました。建物の跡は見つかりませんでしたが、墓や溝を作った人たちの集落が、誰にも知られないまま近くに埋まっていることでしょう。「宮町今池遺跡」の発見は、宮町の歴史の空白部分を埋める、重要な一歩となったのです。
(平成25年7月号)