埋蔵文化財発掘レポート
伏見堂の明八塚
 市内では、古墳時代を通して、100基以上もの古墳が造られてきました。
 例えば、古墳時代前期(4世紀)のものでは、銅鏡など多くの副葬品が発掘された南旭ケ丘町の真名井古墳や、府史跡に指定されている廿山古墳があります。中期(5世紀)に入ると、市内では古墳があまり造られなくなりますが、楠風台にある彼方丸山古墳はこの時期のものです。後期(6世紀)のものでは、小さな円墳が密集する嶽山古墳群などが挙げられます。そして、7世紀の飛鳥時代のものでは、国史跡に指定されているお亀石古墳があります。
 昨年の秋、消防団車庫が建設されることに伴い、伏見堂にある明八塚古墳の近くで発掘調査を実施しました。
 近鉄長野線汐ノ宮駅から国道旧170号を北上し、伏見堂大橋を渡って集落に入っていくと、畑の一画に小さな山のようなものが見えてきます。これが明八塚古墳です。この近くには、ほかにも4基の古墳があり、総称して西野々古墳群と呼ばれています。
 明八塚古墳は、古墳時代後期の円墳で、直径が約46bあります。古墳の中に石積みがあったと言い伝えられていることから、横穴式石室が存在すると考えられます。
 今回の調査では、古墳を囲む濠の跡を確認し、濠の中から古墳に並べられていた埴輪が見つかりました。さらに、瓦器と呼ばれる土器とともに焼土や炭も多く見つかりました。
 明八塚古墳は、この時期の円墳としては比較的規模が大きく、近くにある嶽山古墳群とは異なり、台地上に造られていることから、地域史を考える上で重要なかぎを握っているといえるでしょう。発掘調査中、地元の人たちと話す機会がありましたが、これが古墳であることを初めて知って驚かれていた人も少なくありませんでした。皆さんも身近なところにある遺跡を訪ねてみませんか。わくわくするような新たな発見があるかもしれません。
(平成23年6月号)