埋蔵文化財発掘レポート
(仮称)御坊町広場の整備に向けた発掘調査
 富田林寺内町は、市のほぼ中央に位置しており、江戸時代に建てられた家の群れが、落ち着いた町並みを形成しています。また、寺内町と呼ばれている約13・3fのうち、約11・2fの範囲が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
 この夏、(仮称)御坊町広場の整備に伴って、発掘調査を実施しました。調査地は、寺内町の東に位置し、古くから寺内町の入り口の一つである山中田坂のすぐ南です。
 江戸時代にかかれた絵図を見てみると、この場所には、土塁が巡らされています。戦国時代に成立した寺内町は、周囲に竹やぶや土塁を設けて、外敵からの侵略を防いでいました。このような土塁の痕跡が、今回の発掘調査によって見つかる可能性がありました。
 発掘調査は、現在の地面のすぐ下の地層と、さらにその下にある地層の二段階で進めました。その結果、期待されていた土塁の痕跡を見つけることはできませんでしたが、大きなカマド状の遺構、おけを据え付けた大きな穴、現在の建物の柱位置とは異なった建物の柱穴と考えられる穴が見つかりました。また、江戸時代のかわらやキセル、茶わん、皿といった食器のかけらも見つかりました。
 現在、私たちが見ている建物は、以前に実施した町屋調査によると、18世紀末に建てられたとなっています。しかし、今回の発掘によって、それ以前にも何らかの建物がこの場所にあったことが分かりました。
 富田林寺内町は、約450年前に成立し、現在に至るまで絶えることなく、ここに住む人たちの生活が営まれてきました。昔ながらの町並みで多くの人たちの心をいやし続けていますが、その町並みの下には、さらに古い時代を生きた人たちの生活の痕跡が眠っているのです。それは寺内町に限らず、ふだん私たちが生活を送っている地面の下においてもいえることなのです。
(平成21年12月号)