埋蔵文化財発掘レポート
東面回廊の発見〜史跡新堂廃寺の調査から〜
 近鉄長野線富田林駅の北西に府営緑ケ丘住宅があります。この住宅が建設されたのは今から56年前のことですが、現在は、高層化され近代的な建物に建て替えられています。
 当時の航空写真や地形図を見ると、見わたす限りのどかな田園風景が広がっていました。
 この辺りの水田からは、大正のころから古瓦が出土することが知られており、また、字名にも堂前というお寺に関係した名前も見られました。昭和の初めごろには、こうした事実に基づいて飛鳥時代の寺院跡「新堂廃寺」という名で古代寺院の存在が紹介されました。
 その後、府営住宅建設に先立つ調査を皮切りに、度重なる発掘調査で「新堂廃寺」の全容が浮かび上がってきました。飛鳥時代に創建されたときは四天王寺式伽藍配置であったこと。その後、奈良時代には造成工事を伴って新たな建物が増設され、日本の古代寺院では例を見ない特異な伽藍配置で造営されたことが明らかになりました。そして14年には「新堂廃寺跡」とお寺に瓦を供給した「オガンジ池瓦窯跡」、お寺の創建にかかわった人物のお墓である「お亀石古墳」が国の史跡指定を受けました。
 17年からは、これらの貴重な遺跡を保存整備するための発掘調査を進めることになり、まず伽藍東部の遺構を確認するために、小規模な調査を行いました。その結果、東方建物の南北の大きさが判明するとともに、創建時の東面回廊の雨落溝が発見されました。この溝の構造は、当初石組みであったものが、その後、東方建物が建てられたときには白鳳期の平瓦を転用して瓦敷に造り替えられたことが分かりました。
 これからも全国的にもまれな伽藍配置を持つ「新堂廃寺」のさらなる究明が続きます。
(平成18年8月号)