埋蔵文化財発掘レポート
畑ヶ田南遺跡
 市教育委員会では、15年8月2日から10月31日にかけて畑ヶ田南遺跡の発掘調査を行いました。
 畑ヶ田南遺跡は、若松町にある市営住宅の建て替え工事に伴い、試掘調査をした時に発見された遺跡です。遺跡のある石川西岸には、中野遺跡や喜志遺跡をはじめとして市内でも最も遺跡の分布が多い地域で、古くから人々が生活をしていた地域の一つです。
 今回の調査は、約1000平方メートルの範囲で行いました。その結果、7世紀前半ごろ(飛鳥時代)のものと考えられる大型の建物跡や古代の道路が造られていたことが確認できました。
 飛鳥時代は、聖徳太子が活躍した時代であり、市内の遺跡でみるとお亀石古墳や、新堂廃寺があったころです。市内には、飛鳥時代の遺跡は数多くありますが、今回の調査で確認した建物の柱穴はとても大きく約60センチあり、他の遺跡からみつかった建物と比べると非常に大きく、確認できた建物のほかにも周辺には多数存在していたと考えられ、この周辺が古代の倉庫群であった可能性がでてきました。
 また、道路遺構は、現在の東高野街道の近くで見つかり、東高野街道の前身とも言える位置に造られています。遺構は、横幅約6メートルで10センチぐらいの丸い石がたくさん敷き詰められていて、この石は石川から集められたものと考えられます。この石の間から、8世紀から9世紀にかけての土器が出土していることから、遅くともこのころにはすでに石敷きの道路が造られていたことがわかりました。
 今回の調査では、大型建物と道路遺構の関係や道路遺構がいつ造られたものなのか、はっきりしたことはわかりませんでした。
 しかし、この地域が古代からの交通の要所として利用され、石川と共に歩んできた古代人の生活の知恵がうかがえた調査であったといえるでしょう。今後の調査によってさらに具体的な内容が解明されることが期待されます。
(平成16年2月号)