埋蔵文化財発掘レポート
富田林の文化財を紹介
 本市内の埋蔵文化財が、はじめて人びとに知られるようになったのは、明治20年代のことです。『東京人類学雑誌』第22号に「河内国千塚ヨリ出デタル陶枕」という題で紹介されました。
 それから約100年、遺跡の数は120か所を超え、最近もまた、全く予想されていなかった場所で遺跡が発見されたりしています。
 このような状況のなかで、市教育委員会では、祖先の遺産である埋葬文化財が調査されないまま、失われてしまうことのないように各種の対策をとっています。例えば、埋蔵文化財の埋もれている土地が市内のどこにあるかを知ってもらうため『遺跡分布図』を作り、開発にあたっては、一つでも多くの遺跡が保護されるように関係者の協力を求めています。
 また、保護が困難な場合は、発掘調査を行って記録を残すように努めています。最近の例では、甲田にある宮林古墳が調査された結果、全国的にも例の少ない古墳時代前期のものであることがわかりました。
 今月から、このような調査の一端を知っていただくため、「埋蔵文化財発掘レポート」と題して連載を行います。
(昭和60年7月号)