わたしのまちの文化財
歴史を語る古文書3
 古文書とは、中・近世から現在に至るまで、主に紙に書かれた歴史資料の総称です。その種類は、立派な墨筆の帳面から走り書きの紙片まで多岐にわたり、それらの古文書をひもとくことによって、当時の人たちの暮らしや、どんなことを考えていたのかが分かります。
 江戸時代、私たちの住む町は、すべて「村」という行政単位で区分されていました。現在の本市域にも富田林村をはじめ27の村があり、幕府や大名がそれぞれ村の領主として治めていました。その村の代表者が現在の村長にあたる「庄屋」で、補佐役の「年寄」などと共に領主と村民の間にたって村を運営していました。世襲職であった彼らの子孫の家には、今も当時の公文書にあたる歴史的な資料が古文書として数多く残されています。
 現在も町名に名が残る錦郡村にも、このような文書が数多く残されています。なかでも、村の様子がとても良く分かる2つの史料をご紹介します。
 一つ目は、「村明細帳」です。縦型の帳面に記されたこの文書は、今の「地誌」にあたるもので、支配の歴史、河川や山林、池などの地勢、寺社の詳細、人口など村の概要が細かく記されており、領主が交代したときや実地視察の際に提出されました。本来は村の租税負担能力を明らかにすることが目的であったため、必ずしも記載の通りとは限りませんが、当時の村の様子を知ることができるとても重要な史料といえます。
 二つ目は、庄屋が書き残した業務日誌です。これは、きちょうめんかどうかなどという個人の性格によるところが大きいため、必ずしも存在するとは限りませんし、その多くは文字が雑で難解です。しかし、職務を円滑に勤めるための覚え書き的な要素を持っているため、その情報は多岐にわたり、まるで時代劇を見ているように当時の人たちの息づかいが伝わってくることが大きな魅力です。
 皆さんの身近には、このような古い「歴史の教科書」がたくさん守り伝えられています。地域の歴史を少しでも豊かなものにするため、これからも皆さんに古文書への興味を深めていただく取り組みを進めていきたいと思っています。
(平成18年12月号)