わたしのまちの文化財
寺内町の富栄戎
 富田林寺内町には、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている歴史的な町並み以外にもその歴史を記すものが多くあります。その一つが「山中田坂」です。この坂は、寺内町の東の端、石川と寺内町を結ぶ急な坂であり、明治時代になって新しく道ができるまでは、石川の東岸(山中田方面)と寺内町を結ぶ唯一の道で、この急な坂を多くの人や物資が行き交っていました。
 富田林寺内町は、興正寺別院を中心とした宗教自治都市として成立しましたが、次第に宗教色が失われていき、街道の要衝であったことや石川の水運に恵まれたことなどにより、周辺の農作物が集積し、商業が盛んな在郷町として発展しました。山中田坂は、寺内町の発展を支え、この町の歴史を見届けてきました。現在でもこの坂を登ると、昔を思い起こすことのできる石垣や伝統的な町家などの姿が残されています。
 また、この坂の頂にある「富栄戎神社」もその一つです。地元の人によると、江戸時代から明治初年頃にかけて、寺内町には、酒屋の同業者組合があり、その組合を「恵比寿講」と呼んでいました。河内の酒造業の中心的な組織であった「恵比寿講」が、商売繁昌を願って祭っていたのが、この神社です。
 神社は、元々、別の場所にありましたが、明治時代の中頃に、現在の場所に移されました。その際、御神体は宮町にある美具久留御魂神社にあずけられ祭られたそうです。そして、戦後になって、戎神社を祭るための「富栄戎講」が組織され、御神体を現在の場所に迎えました。毎年1月9日の早朝には、美具久留御魂神社の宮司による祈祷が行われています。また、9日〜11日の夕方ごろまで「十日戎」の行事が行われ、「富栄戎神社」は福を授かろうと訪れた人で賑わいをみせています。
 「えべっさん」という名で広く親しまれているこのお祭りに皆さんも訪れてみてはいかがでしょうか。
(平成15年12月号)