わたしのまちの文化財
古道と道しるべ
 市内の旧街道と言えば、京都から生駒のすそを通ってさらには金剛山を左に見ながら富田林を通過し高野山に至る、あの「東高野街道」をまず最初に思いうかべる人が多いのではないかと思います。しかし、古くから開けていた富田林には、このほかにも時代とともに生きてきた旧街道がたくさんあります。なかには、もうすでに忘れ去られようとしているものもありますが、いまだに府道や市道として人びとの通行に利用されている道も少なくありません。
 現在の富田林市域で比較的よく知られている古道を紹介しましょう。古くから交通の要所であった旧寺内町の周辺では、北部から入ってくる「東高野街道」や「巡礼街道」「富田林街道」、東に出て石川をわたり南大伴を通って千早赤阪村につながる「千早街道」、板持に入って村中を縦断し甘南備から観心寺を経て吉野方面に向かう「観心寺道」などがあります。また、喜志駅近くには「喜志街道(大和伊勢道)」と呼ばれたものもあります。
 いま、旧街道の様子を詳しく知る手段としては保存されている古文書や古地図に頼るほかはないのですが、幸いなことにこのような古道には必ずと言ってよいほど、旅人の道しるべとなる地蔵像や道標が立てられています。なかにはそれらが一体になったような珍しいものもあります。巡礼街道(本町)にあるものはその一例で、祠に安置されている地蔵像の足もとに方向を示す文字が彫られています。これらの道標は、はるか昔の街道の面影を今につたえてくれます。
 各地の古老と呼ばれる人の中には、日常的にもこの街道の名称を使っている人もいると聞きます。これらの道はどれも100年以上の歳月を隔てて、いまも息づいているのです。
(平成8年1月号)