わたしのまちの文化財
寺内町の文芸復興
 先月28日、元禄時代の町家・旧杉山家住宅において「文楽」が上演されました。当日は、市内をはじめ東京や金沢などからも多くの観客が訪れ、なにわの古典芸能を堪能しました。
   杉山家のある富田林寺内町では、元禄期以後、数々の芸能が興行されていました。そのことは、富田林と同じ浄土真宗の寺内町、大ヶ塚の造り酒屋河内屋五兵衛可正が子孫に書き残した文書『河内屋可正旧記』に克明に記録されています。
 この『可正旧記』には「地謡は富田林衆十人ばかり」と寺内町に杉山八右衛門をはじめとする能謡曲愛好者の存在したことや俳諧の普及が盛んに行われていたことが記されています。また、杉山家の万留帳にも御坊(興正寺別院)や杉山家の大床の間で能が上演されたこと、会所での浄瑠璃興行、『太平記』『難波戦記』の講釈師藤三周なるものが来たこと、揚弓場の設備をつくり弓矢を購入したことなど、数々の文化芸能記事を見つけることができます。
 一方、江戸時代の後期、享和元年(1801)に刊行された河内名所図会には、「富田林 南河内群会の地也…中略・・・支店建続きて、商人多し…中略…葡萄酒も此地の名産と知らる・・・」と活気ある当時の富田林の様子が記されています。
 寺内町は、現在商店が点在する住宅地となり、江戸時代の町のにぎわいは忘れ去られようとしていますが、歴史的な町並みとともに、このような寺内町の町衆が受け継いで来た文化への心意気と開放的でのびやかな町の雰囲気を私たちの子孫にも引き継いでいきたいものです。
参考文献「関西の文化と歴史」
(平成4年12月号)