速報
現場で校正

平成19年(2007年)3月8日
 調査報告書の作成も佳境にさしかかっています。とはいうものの、なかなか机の上で作業する時間がないので、今日は試掘現場のテントで校正作業をしています。写真が少し青っぽいのもそのせいです。
テント内で作業中
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新しい試み

平成19年(2007年)2月21日
 前回のレポートからすっかり間があいてしまいましたが、作業は進んでいます。
 今回は新しい試みとして、従来の手作業に加えて一部の図面の清書(トレース)をパソコンでやっています。最近は調査報告書の作成もデジタル化が進んでいますので、図面の縮小、拡大が簡単にでき、そのデータを印刷屋さんに渡せばすぐに図版ページの完成です。でも、なれていないばかりに間違ってデータを消してしまい、半日分の作業が一瞬で水の泡になるという苦い経験も・・・
作業中のパソコン
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整理作業が始まりました

平成19年(2007年)1月10日
 あけましておめでとうございます。
 雨で外の作業ができない時に出土した遺物の洗浄などを済ましていましたが、新年から本格的に整理作業が始まりました。図面の整理や出土した遺物の復元など、多くの作業をこなしていかなければなりません。写真は、現場で作成した図面(右)と整理作業の様子(左)です。
 これら作業の様子も、随時お知らせしていきます。
整理作業
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現地調査は終了しました

平成18年(2006年)12月26日
 現地説明会を終えて、25日から埋め戻しを行いました。今度、姿を現す時まで現状を維持するため、今回の調査で見つかった基壇や瓦敷き遺構などには、真砂土を入れて重要な遺構の保護も行っています。
 これで現地調査は終了しましたが、このあとも、出土した遺物の整理や図面の清書、報告書の作成など多くの作業を行わなければなりません。
 これら一連の作業が完了して、やっとすべての発掘調査が終わることになります。
埋め戻し後
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現地説明会を開催しました

平成18年(2006年)12月23日
 本日、現地説明会を開催ました。幸い晴天に恵まれ200人以上の見学がありました。
今日は難波宮跡でも現地説明会を行っていたようでしたが、多数ご参加いただきありがとうございました。
現地説明会
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現地説明会を開催します

平成18年(2006年)12月20日
現地説明会を12月23日(祝)の午後1時に開催することが決まりました。雨天中止ですが小雨なら決行します。
なお駐車場は用意していませんので、公共交通機関をご利用ください。会場は、近鉄長野線富田林駅から徒歩約10分です。
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委員会の開催

平成18年(2006年)12月10日
 長い期間が更新がありませんでしたが、その間も調査はもっぱら地面を這いながら図面を作成する地味な仕事を続けていました。(写真左)
 この一連の調査にあたっては、考古学や建築、環境整備などの専門家からなる委員会を設置していますが、この日曜日に会議を開催し貴重なご意見をいただきました。(写真右)これらのご意見を参考にして、これからの調査をはじめ、整理、報告書作成などに取り組むことになります。
 また、マスコミ発表と現地説明会を行うことも決まりました。説明会の日程が決まりましたら、市のウェブサイトでもお知らせします。
委員会
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講堂基壇?の発見

平成18年(2006年)10月31日
 Aトレンチ北半部からBトレンチにかけて多くの瓦片が見つかっているのはすでにお知らせしていましたが、その部分を掘り下げたところ、整然と並ぶ瓦列が見つかりました。おそらく、講堂跡の基壇と思われる遺構です。
 これまででは、昭和30年代の調査で西方建物とされる場所で検出されていますので、新堂廃寺では2例目となります。
 朝鮮半島の百済(くだら)地域に多い瓦積基壇の技法は、わが国の古代寺院の基壇としては主流ではありませんでしたが、近江や南山背(京都南部)地域などを中心に発見されています。
 瓦の文様だけでなく、こういった造営技術からも百済地域からの文化の影響を感じられます。
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東面回廊の調査

平成18年(2006年)10月25日
 今回の調査には、昨年検出した東面回廊の雨落ち溝の延長を確認するという目的があります。先週までのトレンチ調査ではその延長が確認できていませんでしたが、今週は昨年の調査区の一部を再発掘してその確認にあたりました。
 その結果、偶然にも昨年と今年のトレンチ跡に残しているアゼの中でその溝が途切れていることがわかりました。写真はそのアゼの断面に見える瓦の一部で、手前に向かって何も残っていないことが分かります。
 後世に破壊されたのか、本来ここで途切れていたものかは今の時点ではわかりませんが、こんな偶然に遭遇することもあるのですね。
雨落ち溝の確認
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調査区全景

平成18年(2006年)10月16日
 今日はお隣にある高層住宅から調査区の全景を撮影してみました。写真正面がほぼ南の方角です。
 手前が講堂跡と考えられる地点で、中央やや右の大きなシート付近がAトレンチ、その左下がBトレンチ、上がDトレンチ、左にやや離れてCトレンチです。
 写真のほぼ中央に遠く離れて見えるシート付近が昨年度の調査区にあたります。
調査区全景
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作業は遅れぎみです

平成18年(2006年)10月13日
 この前にお知らせしてから10日も経ってしまいました。この間に、4回の降雨と3連休があったので、作業が進んでいません。(雨の後は、トレンチ内の排水で半日つぶれるせいでもあります)
 講堂跡のAトレンチからBトレンチにかけては、瓦の堆積する場所と全くない場所が明らかに区別されます。(写真右)その区別は、基壇とその外との境目にあたるのではないかと考えています。
 Cトレンチでは、かなり下の層からも新しい磁器片が見つかっており、やはり水田造成かなにかのせいで寺院跡の痕跡は残っていないようです。
 また、遺構の残りがよく、A・Bトレンチでの状況仮説が正しければ、東面回廊基壇とその内側でも瓦の堆積状況に差があると考え、新たにAトレンチ南端に隣接した東側にDトレンチを設定しました。(写真左) 
最近の調査風景
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鬼瓦が出土しました

平成18年(2006年)10月3日
 講堂跡東側のBトレンチを少し掘り下げたところ、おそらく回廊基壇の北側にあたる場所で、多くの平瓦や丸瓦の破片に混じって鬼瓦が顔を出しました。これまでの調査でもいくつか見つかっていますが、かなり残りのよい状態です。
 Cトレンチでは、このあたりが水田だったときの水路らしきものが、地表面から60cm下で見つかりました。この造成のために寺院跡の痕跡が残っていない可能性も考えなくてはなりません。
鬼瓦が出土
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調査図面の作成

平成18年(2006年)9月29日
 引き続き講堂跡東側の拡張トレンチ(Bトレンチと名付けました)を掘り下げています。
 また、このトレンチから東に7mほど離れた、ちょうど回廊が南に曲がる場所に新たにCトレンチを設定し掘削を開始しました。
 これと並行して、東面回廊跡では瓦片の出土状況を図化しています。まず調査区に50cmごとに水糸を張り、地面上に方眼を作ります。これを基準にして、実際の長さを10分の1に縮小しながら方眼紙に書き込んでいきます。
 こうやって作成した図面は貴重な資料として保管するとともに、後日、調査報告書にまとめて公表することになります。
調査図面の作成
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東面回廊跡の調査も開始しました

平成18年(2006年)9月26日
 講堂跡の調査では、トレンチを少し東側に拡張してみました。21日にレポートした続きと思われる、瓦を含んだ土がこちらにも伸びています。やはり何かの遺構と考えて間違いなさそうです。
(写真右側)
 また、並行して東面回廊跡の調査も開始しました。こちらは昨年調査のすぐ南側ですが、予期していた雨落ち溝は発見できていません。瓦が散乱した状況で見つかっていますが、瓦の間に焼土が見えることから火災の跡の可能性も考えなければなりません。(写真左側)
9月26日の作業風景
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作業は着々と進んでいます

平成18年(2006年)9月21日
 そろそろ大学の授業が始まるので、学生さんの人数が少なくなってきました。
 今日は写真撮影のために、掘削後の地面の清掃作業を行いました。
 先日もお知らせしたように基礎や配管の跡がたくさんあって、確実な廃寺の遺構(溝や柱穴の痕跡)はまだ分かりにくい状況ですが、写真の右上隅あたりで土中に瓦片が埋まっているので何らかの遺構の可能性があります。
9月21日の作業風景
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掘削作業を開始しました

平成18年(2006年)9月15日
 講堂跡の東端が推定される場所から掘削作業を開始しました。今回の調査には天理大学や大阪大谷大学の学生さんが参加しています。(写真は作業中の様子です)
 今日は、地表近くの土を剥いでいる段階ですが、最近まで建っていた建物の基礎などが埋まっていて作業はなかなか進みません。
 本格的な調査は来週以降になりそうです。
掘削作業
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基準杭の設置

平成18年(2006年)9月14日
 雨の1日をはさんで、座標のもとになる基準杭を設置しました。これは、トランシット(セオドライト)という精密機械を用い、測量しながら1点づつ設置していく地道な作業です。
 これが狂うと、発掘作業の成果が台無しになってしまう大事な杭です。発掘現場で写真のような杭を見かけても、蹴りを入れないで大事にしてくださいね。
基準杭の設置
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新堂廃寺跡の発掘調査が始まりました
平成18年(2006年)9月11日
 将来の史跡整備に向けた新堂廃寺跡の発掘調査が始まりました。
 今年度の調査は、昭和36年の調査で見つかった講堂跡を再度発掘し、建物の位置を正確に座標上にのせることと、17年度に見つかった東面回廊の延長を確認することを目的にしています。
 小規模な調査ですが10月末頃をめどにして発掘を進め、途中経過を随時このページで紹介していきます。
 調査現場(緑ケ丘町)は原則公開しています。なお、調査現場では見学用の配慮はしていませんので、足元は悪くなっています。作業工程上見学を中断したり、雨天その他で作業を行わない日もありますがご容赦ください。
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